公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第97回 これからの人生

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

2017年酉年がスタートして、すぐに60歳になりました。今日は昨日の連続で、年齢のことなど無自覚にすごしていたのですが、これではダメだなと今後のことを考えはじめました。70歳になった夫は無年金で私の扶養家族になって久しいのですが、日本に生まれ育った外国人の不遇を思い知らされています。いったいこれから何年生きるのか。病気になったら、子どもにかけた教育費の返済を迫るしかないか。あれこれ、考えていると「人間いつ死ぬかわからない。やりたいことをやろう」と短絡的になってしまいます。
 そんなとき、久々に観た映画が「ラ・ラ・ランド」でした。ハリウッドで女優を目指す女性とジャズピアニストの男性が出会い、お互いの夢を叶えるミュージカル映画です。渋滞の車から多様な人たちが踊り出し、大群舞となるオープニングは圧巻です。映画の所々に、タップダンスやデュエットダンス、どこかで聞いたことのある切ない旋律に心が揺さぶられます。
 そして、ようやく見ることができた「この世界の片隅に」は、あっという間の二時間でした。1944年から45年の広島、呉を舞台に、戦争によって普通の生活をどんどん奪われていく人々の様子が怖いぐらいに淡々と描かれています。全てにおいてゆっくりで、ぼーっとしている、18歳のすずは絵を描くのがとても好きです。そんなすずの大切な人たちは、戦地で、爆撃で、焼夷弾で、不発爆弾で、原子爆弾で次々に亡くなっていきます。ついに、すずの右手も吹き飛ばされ、その手を握っていた幼い姪は死んでしまいます。自らも傷つきながら、罪の意識にさいなまれ、生きる希望も打ち砕かれる日々。それでも戦争は終わり、昨日は今日になり、明日に続きます。8月15日の無条件降伏の放送を聞いた後、外には韓国の旗、太極旗(テグッキ)が誰かの手によって掲げられていました。「私の体は外国から来た米や大豆でできている。だからこんな暴力にも屈さねばならないということか。ああ絵ばかり描いていた無邪気な私のまま死にたかった」とつぶやく、すずの姿が印象的でした。
 独りぼっちになった女の子との出会いが、すずを再生させ、生きる希望になって映画は終わりました。この映画が若い人たちに受け入れられ、大ヒットになっていることがうれしいです。映画に登場する日本人は、みんな良い人ばかり。こんな善良な人たちが、侵略戦争に加担し、加担したという意識もなく多大な被害を受けました。貧しい人たちが増え続けると、改革への原動力となりますが、その怒りが利用され外国人を迫害し、排外主義的な独裁政権が生まれ、戦争が引き起こされます。平和を推進していけるリーダーを育て、選ぶのは市民、国民ですが、外国籍だとその権利もありません。
 市民的権利とは、そこに住む人たち全員を含めたものだと思うのですが、制限を受けた中で生きている外国人が日本に多く住んでいることを知ってほしいなと思います。それぞれの価値観を出し合うことによって、すてきな明日になる。そんな思いを抱きながら、二つの映画のシーンを思い返していると、これからどんな人生の目標を持つのか、考え実行することこそが大切なのだと気がつきました。やりたいこと、できることをしてこうと意欲が湧いてきます。
 気になる映画は、まだまだたくさんあります。これからは、いつでもシニア料金で映画を観ることができるのです。60歳になるのも悪くありません。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。