公益財団法人とよなか国際交流協会

リレーコラム(2015年度~)

2026年2月 少しだけ北の国から@福島(第36回)

辻明典(つじあきのり)

「住民がゼロになった町にて ~そんなに急いで、どこへいく~」


 四月から、浪江町の学校に勤めています。東には太平洋をのぞみ、西には阿武隈の山々を仰ぐ、自然豊かな土地です。福島第一原子力発電所からの距離を測ると、最も近いところでは約4km、町の中心部までは約8kmあります。人類史に残る原発事故により、一時は町全体が避難区域に指定され、約21000の住民は全国に散り散りとなりました。一度、住人が消えてしまった町なのです。現在は、震災時と比べると、約一割程度の住民が居住しています。


 日中を浪江町で過ごすようになって、考えざるを得なくなったことがあります。「町が消えるとは、どういうことなのか」ということです。


震災直前には6つの小学校(浪江小学校、大堀小学校、幾世橋小学校、請戸小学校、苅野小学校、津島小学校)と3つの中学校(浪江中学校、浪江東中学校、津島中学校)があり、約1800人の子どもが在籍していたといいます。しかし、全ての学び舎は閉じられました。


 新型コロナウィルスの蔓延によって延期されていた東京オリンピックは、「復興五輪」の美名の下で、2021年に開かれました。浪江町でも聖火リレーがおこなれましたが、そのスタート位置は浪江小学校前でした。しかし、その数ヶ月後、浪江小学校の校舎は解体されたのです。まるで、オリンピックの開催や、聖火リレーと示し合わせたかのように。


住民の思い出が残ったそのほかの校舎も、次々と解体されていきました(なかには、震災遺構や「新しい学校」として解体されなかった校舎もあります)。また、かつてあった商店街や家々も、「新しい町作り」のために消えていきました。急かされるように進む解体工事。更地が広がる風景と、舞い上がる粉塵。この町にあったはずの、人々の営みを思い出すことすらも、難しくなってきています。


ところで、小学校には、自分たちが暮らしている町について調べる学習があります。どのようなお店があるのか?どのような仕事があるのか?といったことを調べるのです。ところが、当然のことと言えば当然のことかもしれませんが、教科書は「一度、消えてしまった町」で子どもたちが暮らしていることを念頭に置いて、つくられているわけではないでしょう。ですから、原発事故によって、人々の営みが消えてしまったこと、学び舎が解体されてしまったことが考慮されているのかというと、そうではないのです。


「そんなに急いで、どこにいく」。新しい建物をたてることで、雇用を生み出そうというのでしょうか。新しい住民を呼び込もうとしているのでしょうか。そうでなければ、一度消えてしまった町を、再生できないと思われているのでしょうか。避難をせざるを得なかった人たち、無用の被爆をしてしまった人たち、土地を奪われてしまった人たちの思いは、尊重されているのでしょうか。


生業を奪われたことへの憤りは、聞き取られているのでしょうか。「復興」の名の下に、そういった根源的なことは忘れ去られてはいないでしょうか。人間の主体性、自律性を剥奪しようとする、人心を忘却した国家の姿が表出しているかのようです。


他にも言いたいことは山ほどあるのですが、とりあえずここまでに。

辻明典(つじあきのり)

協会事業(哲学カフェ、プロジェクト“さんかふぇ”等)に参加していた辻明典さんが、2013年度より故郷である福島県南相馬市に戻り、教員をしています。辻さんからの福島からの便りをどうぞ。