公益財団法人 とよなか国際交流協会

外国人相談あれこれ

第49回 心の底にある気持ちに近づく

吉嶋かおり(よしじま かおり)

 事実に基づいた論理的な判断ではなく、気分によって動く政治的、社会的状況が起きています。間違った情報でも意に介さず、個人的な気分や、そこに流れる雰囲気に左右されるようなことが公然と表に出るようになっていることに、私も心を痛めたり、憤ったりしています。
 ですが実は、相談では、気分や気持ちこそが重要だと考えています。冷静な思考や判断、正しい情報や理解に基づいた選択というのは、さほど重視していません。なぜなら人は、感情によって行動し、感情によってしか納得のいく選択はできないからです。「いえ、私は正しい情報を理解するようにしているし、それによって冷静に判断するようにしている」と思う方は多いかもしれません。ほとんどの相談者はそう考えていますし、自分がそうありたいと願ってもいます。でも実は、自分にとって大きく意味のあるテーマであるほど、そこにある「感じ」が自分を左右しているのです。
 よくある例をあげてみましょう。ある外国人のお母さんは、子どものことで悩んでいました。子どもは言うことを聞かないし、勉強を全然しなくなってしまいました。ゲームばかりして、部屋にこもり、受験も目前なのに、もともと悪かった成績はさらに下がっています。あまりにもひどい状況にイライラしたお母さんは、子どもに怒鳴ったり、時には手も出てしまうこともありました。お母さんは必死でした。子どもが将来自立して生きていけるようになるためには、今勉強して学校に行かないといけない。それなのにこの子はどうなるんだろう…。ある相談先では、「怒ったり怒鳴ったりしても子どもは言うことは聞きませんよ、子どもの気持ちを聞いてあげましょう」と言われました。お母さんはそんなことはわかっています。でもできないのです。心配で、不安で、イライラして、仕事で忙しく疲れていて、じっくり子どもに向き合う時間などほとんどないのです。
 このお母さんに「落ち着きましょう」は、本当に酷な言葉だと思います。お母さんは、ゆったりと優しい母親でいたいと心から願ってはいるのです。でもできないのは、冷静になれないからではありません。冷静になれないほどにお母さんが感じている気持ちは何でしょうか。その気持ちはどこからくるのでしょうか。その気持ちの背後にあるものは何なのでしょうか。苦しんでいるお母さんに必要なものは何でしょうか。
 お母さんの気持ちに寄り添い、そこに一緒にいることを通して、お母さんが自分の気持ちを受け止めていけると、その苦しみの底から、自分を悼み、許すような気持ち、そして深い納得、勇気、自信などが生まれてきます。そうやって初めて、「より良い」行動へと進むことができます。心から出てくるものでないと、人は本当には動けないのです。
 気分や雰囲気が社会を動かす状況にいて、私は、その人たちが感じているその底にある思いは、疎外や不安、苦難につながるような感情なのではないかと想像しています。そう思いながら、人がつながり、受け止め合えるような小さな一歩を相談で生み出したいと考えています。

(2018年12月号より)

吉嶋かおり(よしじま かおり)

外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。