公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第95回 生きることが最大の仕事

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

年末年始に、不安になることが突然押し寄せ、自分のふがいなさを思い知らされる毎日です。日々の生活の中で決断しなければいけないことがたくさんあり、緊張の連続です。人間はいくつになっても思わぬ経験をするたびに、気持ちを建て直し、生きていかなくてはなりません。「耐える」という一番苦手なことが今年の課題になりました。
そんなとき、『ゆびさきの宇宙』福島智・盲ろうを生きて(生井久美子著、岩波書店)という本に出会いました。福島智さんは、神戸市で生まれ4歳で右眼を摘出、9歳で左の視力を失い、14歳で右耳を、18歳で全ての聴力を奪われ「盲ろう者」となりました。「無音漆黒の世界にたった一人。地球からひきはがされ、果てしない宇宙に放り出されたような、孤独と不安に打ちのめされる」という状況の中、指点字でコミュニケーションがとれることに気づきます。盲ろうになって、一番の苦痛は「見えない、聞こえない」ことそのものではなく、「人とコミュニケーションができないこと」だったと語る、福島さんにとって、指点字で通訳してくれる仲間やボランティアの存在が大学受験への道を拓いてくれました。盲ろう者として初めて大学に入学し、大学院に進み、そして、大学の教授になった福島さんは、全てが先駆者としての役割を担うことになります。盲ろう者の会を立ち上げ、日本全国の盲ろう者のつどいに駆けつけ、たくさんの仲間を励まします。障害とは何なのか、経済活動の中での障害者の役割とは、など、多岐に渡って自分の障害を研究し、言語化していきます。苦悩の中にも希望を見出し、よりよく生き続けようとする福島さんの言葉が、体中に刺さります。
著者の生井さんは福島さんのお母さん、友人、パートナー、恩師、主治医からも話を聞きます。精神科の医師は、福島さんのようなヒーロー、パイオニアが精神的な健康を保つ上で重要なことは、まず本人の周囲のサポートだ。本人を尊重し、加護する存在が多重的多層的にあったほうが良い。それがあれば、基本的な人間関係への信頼が生まれ、希望を持ち続けることができる。彼の治療にあたることは社会的な責任であり、間接的に世界を変えることだと思うと語っています。通訳者の友人は、見えない人がいるのに無視し、聞こえない人がいるのに対応しないのは存在の否定だと思ったと、指点字や触手話による通訳の動機を語ります。
「生きることが最大の仕事」という福島さんにとって、差別で特に深刻なのは、「部屋を借りること」「就職や仕事」「結婚」の三つだったと言います。「心のバリア」と闘うときに一番しんどいことは、差別を受けた方がバリアを乗り越えるために、ずっと闘い続けなくてはいけないということです。その過程で人を信じられなくなったり、自信が持てなくなったり、絶望したりしますが、それを支えてくれるのが仲間です。
冬の夜は長いです。しんしん冷えると寂しさが増しますが、友人からの電話に心の灯がともります。本の出版を知り、何十年ぶりに連絡をくれた高校時代の友人の活躍を聞き、まだまだしていないことがたくさんあるなと思います。これから、どんなことが起こるのか、少数者や弱者を切り捨てる空気の中で、不安が募ります。窮地に立った時、人間はどう切り抜けていくのか、知りたいことがたくさんあります。広い知識を持って、先行きの可能性を考え、いろいろな人のことを気遣える、そんな人がたくさんいたし、いるはずです。1月29日の今日は旧正月です。亡くなった人たちを懐かしみ、新しい命を慈しみ、気持ちを新たに生きていこうと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。