公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第14回 現実を映すドラマと小説があればね

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

 二〇〇二年に韓国で放映された「冬のソナタ」が大人気となり、韓国ドラマブームが今なお、健在です。そのお陰で、レンタルビデオ店だけでなく、テレビでもBSやケーブルなどで、毎日のように、字幕つきのドラマを楽しむことができます。ドラマの中に登場する人々の暮らしや考え方、家族の有り様など、現在の韓国社会を反映していて面白いです。
 韓国を訪問することはあっても、一度も生活したことがない、「在日」の私にとっては、ドラマに出てくる、食事や礼儀作法、冠婚葬祭の場面がとても気になります。発酵しすぎて、白い黴がついているキムチを洗って、美味しそうに食べる、ドラマの主人公を見た時には、あっと声をあげてしまいました。祖母が、同じことをしていたのを思い出したからです。ずっと、貧しい生活をしていたせいで、古くなったキムチを捨てずに食べているのだと思っていました。洗って、水気を絞ったキムチの古漬けは、キムチチゲやキムチチャーハンの具になったり、そのまま、ご飯を巻いて食べたりしました。最初は食べるのが嫌だった私も、祖母が、ご飯を巻いて、口に入れてくれるので、その美味しさを味わうことができました。でも、こんな恥ずかしい食べ方を、誰にも絶対に知られたくないと思いました。
 ドラマのお陰で、乳酸菌が一杯の古くなったキムチは、捨てないで洗って食べるという昔からの知恵だということを知りました。子どもの時に、「何でこんな食べ方するの?」と祖母に聞けば良かったのに、自分の中の民族に対する、否定的な気持ちが、間違った思いこみを作ってしまいました。
 その他にも、初雪の日にデートをするとか、ケガをしたり、病気になると、牛骨のスープを飲み、疲労回復には参鶏湯(サムゲタン)を食べるなんていうのも、出てきます。布巾を鍋で煮て消毒するのは、祖母や母を見習って、私もしていることです。初めて知ったり、懐かしい思い出と重なったり、ドラマの細部に渡って目が離せません。時代劇は、韓国で生まれていれば知っているはずの、歴史や人物を知る良い機会になります。日本の植民地時代や、その後の独裁政権時のドラマを見た日本人から質問されることも多く、「在日」の私が言いにくい時代の歴史を、ドラマが代弁してくれる時もあります。最近の韓国ドラマでは、女性の生き方も多様ですが、一方で、中国の朝鮮族の女性や、ベトナム人花嫁が登場するドラマも出てきています。韓国は儒教の国で、女性に対して厳しいというイメージが昔からありますが、すごい早さで変化しています。
 いつまでも変化しないのが、日本のドラマではないでしょうか?東京の都心や、大阪市内の設定なのに、学校に「在日」をはじめ、外国人の子どもたちが登場しないなんて、有り得ない現実です。アフリカ系アメリカ人女性作家の、「母は生涯、白人の家の家政婦として働き、テレビドラマに出てくる中流の白人女性たちの生活にあこがれていた。その白人女性たちの豊かさが、自分たち黒人からの搾取で成り立っているとは夢にも思わず、黒人である自分を卑下していた。」というエッセイを読んだ記憶があるのですが、私の母もまさに、そうでした。私も、子どもの頃から、夢中になるドラマの主人公は、完璧に日本人ばかりで、ごくたまに登場する朝鮮人は、いつも、可哀想な人たちでした。元気になれない登場人物に、感情移入はできません。
 最近、若い世代の日本人作家の小説に、在日韓国人、朝鮮人、中国人をはじめ、アジアの人を見つけることが多くなりました。作り物のお話でも、現実を投影していないと共感を得られず、飽きられるのは当然です。小説やドラマの中の人物に自分を映し、悩みや問題を解決していくような、手応えのある作品に出会いたいですね。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。