公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第56回 ドキュメンタリー映画を満喫

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

 以前から行きたいと思っていた、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」に参加してきました。朝鮮高校ラグビー部を取材した、「60万回のトライ」の初上映の応援と、韓国や中国、パレスチナなどの作品を観る予定をたてていました。夜行バスの移動も初めてで、ちょっとわくわくします。大阪を出発してから12時間、朝8時前に山形駅に到着。顔を洗って朝食を物色していると、山形牛弁当が目に入ります。食べたいのをぐっとこらえ、パン屋さんが開くまで、散歩することにしました。蔵王温泉行のバスや、芋煮やべに花、ずんだ餅、日本酒の看板を眺めながら、映画祭の会場を確認した後、朝食にありつきました。水が美味しいので、コーヒーも期待以上の味です。焼きたてのパンを食べながら、お店やお客さんたちのやりとりを聞いていると、親切な山形の人たちのようすがわかります。
 午前10時から午後8時まで、昼食も食べずに5本の映画を観ました。女優だった亡き母の生き方を再現し、インタビューで母親の実像に迫り、ついには自らの出生の秘密に突きあたるというカナダの女性監督の作品。軍事独裁政権下で母親が受けた、拷問体験を聞き取ろうとする韓国の女性監督。1961年に制作された、「バルセロナ物語」に登場する、伝説のフラメンコ舞踊家、カリメ・アマヤ。彼女の超絶技巧を継承しようとする、若いロマたちの姿を描いた、「ジプシー・バルセロナ」もスペインの女性監督作品です。原題はロマ語でバルセロナを意味する「バサリ」です。翻訳では「ジプシー」という言葉が使われ抵抗を感じますが、フラメンコの凄まじい足さばきに目が釘付けになりました。家族によって継承され、居酒屋や街角で完成させてきたロマの民族舞踊の素晴らしさが、ぐいぐいと伝わってきます。
 映画、「100人の子どもたちが列車を待っている」の監督の新作、「サンチャゴの庭」も観ました。民衆の支持を受けていたアジェンデ政権がアメリカの圧力により、73年の軍事クーデターで崩壊させられ、その後の左翼勢力に対する虐殺の歴史と、監督の家族の歴史が重なります。食料やお金をねだる人、仕事を探している人などの訪問客のインタビューから、現在のチリ・サンチャゴの街の様子を探ります。1日目の終わりに、キューバの人々の生活を描いた、ロシアの監督による「祖国か死か」を観ました。祖国を愛しているし、その正当性も認識しているが、配給制の生活は厳しくなるばかりという人々の困窮ぶりが、サルサの音楽やダンスがはめ込まれ、描かれていました。アメリカに反旗を翻し、革命を成功させたキューバの苦悩と、アメリカに支援された独裁政権の暴力に、怯え傷ついたチリの現実とが重なります。
 2日目は満員の会場で日本のドキュメンタリー映画、「ある精肉店のはなし」と「標的の村」を観ました。どちらも女性監督作品で、うれしくなりました。屠畜から精肉までを生業とする家族の姿を通じて、被差別部落の歴史と現実について考えさせられ、オスプレイのヘリパッド基地反対闘争のなかで、国家権力に平穏な日常を奪われる沖縄、高江の人たちの姿に胸が詰まりました。最後に、見逃した中国映画「歌は人生」をブースで観ることができました。大衆演劇のような芝居小屋で、京劇公演を続ける四川歌劇団の毎日です。年配の観客が満足する舞台をと、一人何役もこなし懸命に演じる姿と技量の高さに魅了されました。美味しいお蕎麦を食べ、「60万回のトライ」の初上映を手伝い、夜行バスに乗り込みました。素晴らしい映画や人と出会った、夢のような二日間でした。
 ドキュメンタリー映画は社会の問題に向き合い、観る人を惹きつけます。片隅に生きるすごい人たちに気づかせてくれる作品を、これからもたくさん観たいなと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。